今年もたくさんのみなさまに高槻ジャズストリートに足をお運びいただき、本当にありがとうございました。
2011年はCD発売記念ライブ企画、そして今年2012年は東北支援企画を担当させていただきました。
2011年3月11日の地震、津波。そしてその後の原発事故。
多くの方が失ったもの、事。そして今もなお、復興というには程遠い現実。
関西にいる私たちに何ができる、というわけではありませんが、わずかでも前に進むことができるなら、そこに寄り添うことができるなら、という想いで多くの仲間と企画しました。
今回一緒に活動したのは下記の方々です。
被災地NGO協働センター
NPO法人たかつき市民活動ネットワーク
NPO団体スポ・アートサポートかんさい、チーム絆
大阪デザイナー専門学校 学生有志グループ「ハンズ」
Jazz AID 3.11
そして高槻市役所関連の方々です。
被災地の今を伝えるパネルの展示や被災地へのメッセージの受付、大阪デザイナー専門学校のハンズのみなさんが気仙沼市で地元の方と一緒に作成された「手ザクラキャンパス」の展示、「まけないぞう」など東北の被災地の方々が作られたものの販売、日本赤十字社への義援金募金を行いました。
小雨のばらつく、足元の悪い中での開催でしたが、たくさんのお客様にご来場いただき、販売ブースでは2日目、5月4日の15時には全商品完売、展示ブースでも多くのメッセージをいただきました。義援金は22740円集まり、5月17日(木)に日本赤十字社に振込をいたしました。みなさまの心が東北の方々に届いたと思います。ありがとうございました。
2011年9月に志津川を訪れた時、土台や鉄骨を残したかつての建造物は置き去りになっていました。がれきは数か所に集められただけで、がれきの山が周囲を見渡すだけで何か所もありました。
今も状況は基本的に同じです。
いつ復興するのでしょうか?
南三陸町の防災庁舎は2012年10月末までに取り壊されると決まったそうです。
戦後の復興、神戸の震災と比べると格段に歩みが遅いのではないでしょうか。
この間にも人は生活をし、子供は大きくなっていきます。
南三陸町の沿岸部のある地区の区長さんがおっしゃっていました。
「今は何もありません。ですが、3年後にまた来てください。その時にはあわびをまた食べられる海に戻っているはずです。」
仮設住宅の期限は原則2年。その頃、本当に生活の場、収入の道が整っているのでしょうか。震災から1年以上経過し、関西では震災の記憶は薄れ、原発停止による供給電力の不足がなければ感じることも少なくなっているのではないでしょうか。
関西に住む私たちにできることは何なのでしょうか。
まずは私たち自身がこの地でしっかりと生活していくこと。
そして、これからも支え、気にかけていくこと。
これからの高槻ジャズストリートでもこのような企画を行い、関西での支援団体の活動を通して仲間を増やしていきたいと思っています。また来年の高槻ジャズストリートでは2012-3年の東北の姿を伝えたい。その姿が少しでもそこに住む方々にとって幸せな形に変化していることを祈っています。
(細井 理恵 記)