帝塚山音楽祭へ

土曜日から日曜日にかけて久しぶりの連休。そんなところに飛び込んできた訃報。立ち呑み処「だるまや」(現在はバー「DARUMAYA」)のマスターで高槻城北通事業協同組合の理事長、高槻ジャズストリートでも今年は運搬班のリーダーとして大活躍された中本耕二さんの父君が病気で亡くなられたのです。日曜日の告別式にはま~爺は決まった予定があって参列できないため、土曜日の通夜にお参りしました。

昨日は帝塚山音楽祭に行ってまいりました。帝塚山音楽祭は高槻ジャズストリートの大先輩。毎年見学に寄せていただいておりますが、昨年は折り悪く不参だったので、今年は是非ともと思って早くから予定を入れていました。阿倍野から阪堺電車の上町線で帝塚山東3丁目で降りてすぐの万代池堤がメイン会場。最高のロケーションです。メインステージの演奏もさることながらフリーマーケットの賑わいが印象的でした。

昨日は10時前に阿倍野に着きましたので、帝塚山音楽祭にはまだ早いとばかり、ハルカスの展望台に昇って見ようと思い立ちました。さて、みなさん早くから並んでおられるのですね。列の最後尾から入場券売り場までが約30分、それから専用エレベータまで約1時間との案内。ま~爺はハルカスはあきらめて帝塚山音楽祭に向かいました。「アホと煙は高いところに昇る」という喩えを思い出してふとニヤリでした。

国会図書館へ

明日は久しぶりにお休みをいただいて、京都府精華町にある国会図書館関西館へ行ってまいります。学生時代以来親しくしていた倉敷在住の親友が先月亡くなりました。ま~爺は折しも大わらわのときで葬儀に参列叶わなかったのですが、来る31日に芦屋市で追悼会を催します。彼のことを偲ぶよすがとして、彼のことが取り上げられたかつての新聞や雑誌の記事を捜し出してコピーして出席者に配ろうというわけです。

彼は関西学院大学を退学して家業の運送会社を継いだのですが、初心止みがたくというべきか、ベトナム戦争の米国による北ベトナムへの爆撃に抗議して、アメリカ神戸領事館前に徹夜の座り込みを敢行したのでした。小田実さんや鶴見俊輔さんらによるベ平連がスタートするずっと前のことで、「北爆」に対する全国で真っ先の抗議行動でした。テレビニュースで知って加わった市民11人と共に生田署に検挙されました。

当時では珍しい無名の市民による自発的な抗議行動というので、新聞や雑誌などでも大きく取り上げられました。その後の関西ベ平連の運動へとつながる意義ある行動でした。座り込みを始めたのは彼と彼の友人と彼の後輩の3人でした。その友人というのが今この日記を書いているま~爺です。ま~爺は先日もベトナム反戦運動のことをテーマに研究に取り組んでおられる神戸大学の黒川伊織さんから取材を受けました。

休めませんね

昨夜は北新地のジャズライブバー「クレッセント」へ、奥様キングスのライブを聴きに行ってまいりました。奥様キングスはヴォーカルの小柳淳子さん率いる老舗のグループ。。もちろん高槻ジャズストには毎年の常連で、今年も4日に高槻現代劇場レセプションルーム出演しました。ま~爺は高槻ジャズストでは聴きたいどの演奏も聴けませんので、高槻ジャズストが終わったあと、こうしてライブハウスを回っています。

お店はカウンターもボックス席もほぼ満員の盛況。客席の皆さんがお互いに「2週間ぶりですね」などとあいさつを交わし合っていたのは、高槻ジャズストで顔見知りになった奥様キングスファン同士ということ。ま~爺の介助人として同行してくれた小柳淳子大ファンのM嬢もこのことを証言していました。こんなところにも高槻ジャズストリートの余波が及んでいることを実感して、ま~爺は驚くやらうれしいやら。

明日の土曜日は日本芸術文化振興会の「助成内定団体向け事務手続き説明会」に出席のため、神戸・元町の兵庫県民会館に行ってまいります。大阪府の助成も同じですが、申請手続きが複雑で、助成が内定したらしたで、それからの事務手続きが大変。うんざりするくらい煩雑です。その点高槻市の場合は実にあっさりしたもの。お互いの信頼関係が成立しているということかな。日曜日は反省会。なかなか休めませんね。

反省会待ちにて

土曜日に摂津峡さくら公園で催した打ち上げは折からの好天にも恵まれて、楽しくかつ盛大でした。毎年日曜日と決めている打ち上げですが、今年はチェアマンののっぴきならない事情でやむなく土曜日に変更しました。その結果、後片付けの作業を日曜日に回すことができ、車を運転下さるスタッフも全員お酒を楽しむことが出来ました。土曜日開催が正解でした。

日曜日に母の三周忌の法要を営みました。二年前の打ち上げの日に母が亡くなり、打ち上げを急遽欠席しました。昨年は乾杯が終わった直後に体調不良に襲われてやむなく帰宅しました。打ち上げを最後まで楽しませていただいたのは三年ぶりです。昨年十二月に妻が亡くなったため、ま~爺のもとではしばらく仏事が続きます。仏さんのお守りも大変と言えば大変です。

日曜日は反省会。どんな収支決算報告になるやらまだ正確なところは分かりませんが、会計のやっくんこと山本さんが奮闘してくれています。いずれにしてもま~爺は、収支決算報告が出るまではじっとしているほかありません。スポンサーをはじめお世話になった方々へ収支決算報告書を添えてお礼状を差し出します。お金の請求などはそれからです。

 

ま~爺の体調管理法

ジャズストでま~爺は本部ブースの夜の冷え込みの影響で風邪を引いてしまい、3日のウェルカムパーティーを急遽欠席したり、5日のフライドプライドのライブには着替えてから出直そうといったん家に帰ったところ、そのままバタンキュウとなってしまったり、続けて不覚をとってしまいました。

そんなことが続いたためか、「大丈夫?」とま~爺の健康状態を気遣ってくれる言葉を何人もの方から掛けていただきました。しかし、昨日はぐっすりと眠って体調を取り戻しましたのでご安心ください。今週はゆっくりさせていただきますが、来週からはエンジン全開で後始末に取り組みます。

このところま~爺は体調管理には気を使っています。ま~爺の体調管理法の基本は「早寝早起き」と節酒です。朝は4時に目覚め夜は9時に就寝します。平時には「8時出勤4時退社」です。電話がかかってこない9時までにデスクワークをすませます。酒は全盛期の10分の1に控えています。

無事に盛況の裡に

16回目を迎えた今年の高槻ジャズストリートは好天にも恵まれて、盛況の裡に無事終わりました。ほっとしています。昨日は雨の中後片づけも夕方までに終えることが出来ました。運搬班を中心としたボランティアのみなさん、ご苦労様でした。昨日は雨のため引き渡しが出来なかった市民グランドの引き渡しのためま~爺は事務局で待機中です。現状回復が条件ですが、雨で地面が傷んでいるため現状回復は難しいのでは?

その後、今日一日はゆっくり休ませていただいて、連休明けからあと始末に取り掛かります。後始末をおろそかにしてはならないというのがま~爺の持論です。お世話になった各種団体や個人の方々へのお礼、広告主や協賛企業へのお礼と集金、ご迷惑をお掛けした近隣の方々へのお詫び、忘れ物を届け出た方への連絡、その他後始末の作業にはさまざまなものがあります。一つとしておろそかには出来ないことばかりです。

高槻ジャズストリート実行委員会は明日、大阪国際会議場で各界功労団体の一つとして大阪知事表彰を受けます。ま~爺もチェアマンのお供をして会場に出向きます。10時までに会場入りするよう指示されていますが、ま~爺は公園や倉庫のカギの返却を済ませてから向かいますので少々遅れる見込みです。開式の10時30分には間に合うことでしょう。知事表彰は2回目ですが有難くも晴れがましいことです。

本番へ最後の2日間

「宇崎竜童さんは今年も来ますか?」「中本マリさんは何処で何時出演しますか?」「ダイアン・シューアさんの出演スケジュールは?」――などなど、連日の電話攻勢にうれしい悲鳴を上げているま~爺ですが、いよいよ余すところ2日間。万全の準備をめざして最後の詰めに取り掛かっています。

今日もこれから高槻市公園課の職員と一緒に、城跡公園の事前テェックに立ち会います。その後は高槻保健所に赴き、飲食屋台ののための「臨時出店届」を提出します。メニューや食数、購入先などの情報は昨日のうちに飲食班からいただいていますので、ま~爺はそれを書類にして届けるだけです。

消防署への届け出はやっくんこと山本さんが書類を作成してくれるので、ま~爺は中署と北署を回って届出書類を提出するだけ。公園管理事務所で電源とカギを、文化スポーツ振興課で駐車カードとカギを、障害福祉課でかしのき学園のカギを、それぞれゲット。どれもうっかりはできないことです。

電話攻めだ~

21日にパンフレット10万部が届き、うち5万部を当日用として倉庫業者に保管いただき、残りの5万部は当日までの配付用として実行委員会の作業場に積み上げました。ほぼ3日間かけて昨日までに、JR大阪駅中央コンコースにある大阪市観光案内所など公共の設置ポイントに届け終わりました。

広告スポンサーのお店や市内の駅、商店街などにも配布が完了。あとは無くなったという連絡を受けて補充するだけ。それにしてもパンフレットの人気は非常に高く、どこに置いてもあっという間に無くなります。どの設置スポットも補充につぐ補充です。信一さんの方と洋さんの方と両山口さんが大活躍。

開催日を問い合わせてきたこれまでの電話から、このところはもっぱら、パンフレットが出来たかどうか、どこに行けば手に入れることが出来るか、という問い合わせです。電話に応対するためにま~爺はどんな作業も手につかない状態に陥ります。昼食中の短時間にも何本かの電話。嬉しい悲鳴です。

本番まで1ヵ月足らず

本番まであと1ヵ月、ミーティングもあと3回だけとなりました。その間にミュージシャン説明会が3回、ボランティア説明会が2回。パンフレット班でいま必死に制作中のパンフレットは20日過ぎには刷り上がります。10万部のパンフレットは本番が終わったときには手許に残部ゼロということにしなければなりませんが、そのためには本番までの約10日間に5万部は配布しておかなくてはなりません。

この時期になると毎年のことですが、はたして無事に本番を迎えることが出来るのだろうか?という心配が募ります。パンフレットは予定通り出来るのだろうか? 飲食の準備は順調に進んでいるのだろうか? 各会場のリーダーは誰が務めてくれるのだろうか? 開催資金の調達に欠かせないTシャツは予算どおり売れるのだろうか? そして何よりも、ボランティアは何人集まってくれるのだろうか?

あれやこれやとすべて未知数。しかし救われるのは、こんな心配事は毎年のことであって、今年に限ったことではないということ。さまざまな心配事を抱えつつ、少しずつ積み上げながら本番に向かうわけですが、毎年なんとか成功を収めてきたという実績があります。しかし油断は禁物。しっかりと心を引き締めてかからないと思わぬ落とし穴に嵌ることも。お天気だけはどうすることも出来ませんがね。

鎌倉から帰って

鎌倉に一泊して昨日帰りました。広告のことはすべて完了したつもりでしたが、鎌倉滞在中の連絡で差し替えの必要が発生していて、今日なんとか無事にやりくりしたところです。パンフレット班のリーダーからは明日中にもパンフレットのデータを印刷会社に入稿の予定との連絡をいただきほっとしています。しかし、まだまだ油断はできません。校正が終わって完全データを渡すまでは一時たりとも気が抜けません。

ということで、パンフレットの制作上何が起こっても対応できるよう、少なくとも明日一日はま~爺は事務局に待機します。しかし残念ながらま~爺は、コンピュータのイラストレーターを操作することが出来ません。何かあったときにはパンフレット班のリーダーと電話かメールで連絡を取り合って対処することにしていますが、非常に真摯かつ優秀なリーダーですから、ま~爺は全面的な信頼を寄せています。

今日の午前中は、会場の多目的ホールを管理する高槻市立生涯学習センターの担当者と舞台打ち合わせ。ま~爺には技術的なことがさっぱり分からないので、PAを担当してくれるサウンドブレインの皆木智久さんに無理をお願いして出席いただきました。お忙しい中快く応じてくださった皆木さん、ありがとう。午後にはパンフレットを保管して下さる運送会社の会長と社長が訪ねてくれました。ありがたいことです。