つぼ健さんのこと

土曜日と日曜日の2日間を完全休養日にあて3日ぶりに事務局へ。ホームページを開いて掲示板を見てみると、なんとつぼ健こと坪山健一さんが書き込みをしているではありませんか。高槻ジャズストリートのホームページのトップにつぼ健さんの写真が載っていますが、いかにもつぼ健さんらしく律儀に、そのことについて丁重な謝意を述べてくれています。

つぼ健さんといえば、ま~爺は面識はありませんが大のファン。もうかれこれ10年も前のことになるかな、つぼ健さんが阪急茨木市駅前のストリートで一人で演奏していた頃、乗り換えのホームで耳を澄ませ、サックスの音が聴こえてくると、途中下車して聴きに走ったものです。その頃からつぼ健さんはストリートでも大勢のファンを集めていました。

つぼ健さんが偉いなあと思うのは、有名になった今でもストリートで演奏することをちっともいとわないということ。ストリートだけではなく、頼まれるとどんな小さくて狭いお店にも出掛けて演奏します。ま~爺がこれまでつぼ健さんを聴いたのはたとえばJK高槻、マリンナ、茨木のじゃらんじゃらんなど、どこもちっちゃなお店ばかりです。

一昨年の秋だったか、枚方市民会館大ホールでつぼ健さんのコンサートが催されましが、会計の山本さんからチケットをいただいて一緒に出掛けました。啓光学園高校の教え子たちが登場してつぼ健さんと共演したステージがとても印象に残っています。藤吉悠ら今ではジャズシーンの第一線で活躍している錚々たる顔ぶれが登場しました。

うっすらとした記憶がよみがえりました。5~6年も前の夏のことです。JKのじゅんこと北川氏の招待を受けて一緒に、大西順子のライブを聴きに円山公園野外音楽堂に来ていました。スタンドに一人でポツンとつぼ健さんがいたのです。北川氏が見つけて言葉を交わしましたので間違いありません。しかしなぜ、つぼ健さんがあの時あの場所にいたのでしょう?

ケガから3ヶ月

自転車の転倒事故でケガをしてから今日でちょうど3ヶ月。もう完治したも同然の状態ながら、捻挫によって傷めた右腕の機能だけが回復しません。日常生活で顔を洗うときとシャツの上から2番目までのボタンを止めるとき、それに右耳を掻くときに肘に痛みが走ります。あとは日にち薬とおっしゃった医師の言葉を信じてひたすら日にちを稼ぐことにします。

ついでに左目のことを言えば、眼底骨折によって眼球がやや陥没しているというのが医師の診断です。鼻の穴からカメラを入れて手術すれば矯正できるがいかが?と医師に問われましたが、手術は断りました。両目が左右対称でなくても日常生活に不自由するわけでもないし、目だって眉だって生まれつき左右対称でないのが普通ですから、何てことはありません。

昨日の帰りがけに、ま~爺がじゅんちゃんと呼んでいるもう一人のじゅんちゃんが立ち寄ってくれました。ま~爺の年来の友人で、3年前までは高槻で一番大きい建築設計事務所を経営していた1級建築士。自宅をはじめ個人資産を含めてすべての資産を処分して事務所をたたみ、今では住宅検査士としてフリーで仕事をしている男です。

ここになぜもう一人のじゅんちゃんが登場したかと言えば、いつも登場するJKのじゅんちゃんこと北川氏とは不思議な縁でつながっているということを言いたいからです。実はJKカフェの建物と先だってオープンしたRUSHの建物はもう一人のじゅんちゃんの設計によるものです。世間は狭いとはよく言われることですが、ほんとうに油断できませんね。

ところでもう一人のじゅんちゃんの来訪の用件は、来る7月17日に磐手公民館で開く高槻ハーモニカクラブの10周年記念コンサートへの案内でした。もう一人のじゅんちゃんはハーモニカの名手で、高槻ハーモニカクラブの代表なのです。来年の高槻ジャズストリートにはジャズのナンバーを引っさげてぜひ出演したいと言って帰りました。

訳分からん議論

駅前郵便局へいく用事があって出かけたついでに、昼食を久しぶりにマサラバザールでいただこうと、グリーンプラザたかつき1号館へ。ところがどっこい、自転車が駐輪できない。最近登場した機械式の自転車駐輪施設はすべてふさがっていました。すなわち満車状態です。グリーンプラザってこんなに人が集まるところだったっけ?

係りの人がいて説明してくれました。自転車を駐輪している人でグリープラザへの来客は少なく、ほとんどは電車通勤者とのこと。駅直近まで自転車を乗り付けて、比較的安い料金で駐輪できるなら、誰しもこれを利用しない手はないというものでしょう。しかし、こんな声も聞こえてきます。「グリープラザは自転車が置けなくなって不便になったね」

ならば長時間の駐輪料金を値上げすることによって、電車通勤者の利用を防止してはどうかというアイデアがあるとか。しかし、このことを実施すると駐輪率がガタ減りして、施設の投資額を回収できないとの意見もあるとのこと。一体どっちが建前でどっちが本音なのか。こんな類の訳の分らん議論が最近とくに多いように思えませんか?

パリャーソって?

絵本のまちから借りていたクーラーボックスを返しに高槻市教職員組合の書庫へ。この組合には拡大コピーやバスのチャーター費用のことでお世話になっているので、書記長に表敬の挨拶。世間話の一つでもと思ってふと見ると書記のY嬢が不在。書記長にお茶の心配をお掛けしては申し訳ないと思って、挨拶もそこそこに退散しました。

そうなんです。ま~爺ってこう見えても案外と気遣いの人なんですよ。しかしどう思われているかしら。「あの人ってYさんがいるときは結構長居するくせに、いないとお茶も飲まないですぐ帰ってしまう」などと言われているかも。たしかにY嬢は美しく素敵な方ではありますが、人に気を遣うということはなかなか厄介なことでもありますな。

その足でマリンナへ。用件は謝罪。7月だとばかり勘違いしていて、17日の小柳淳子さんのライブを聴きに行けなかったのです。小柳さんから「そろそろライブが始まりますよ」とお電話いただいたとき、ま~爺は自宅でナイターのテレビ観戦中でした。ついでにと言っては語弊がありますが、ちょっと早い目の昼食にランチをいただきました。

マリンナのランチは昔から評判がよく、ときどきいただきに出かけます。料理上手のママさん手作りの味。600円という値段の割にはお菜の品数が多く、栄養のバランスが取れています。そしてマスターはなぜか時計修理の達人。電池切れを起こした愛用の時計の電池交換を頼みました。500円で電池交換してくれますので人気を呼んでいます。

阪神タイガースのこのところの躍進で、ま~爺は早帰りの日が続いています。今日は久しぶりに甲子園球場での巨人戦。早く帰ってテレビを見たいのはやまやまですが、今夜ばかりはそういうわけにはいかないのです。岩城さんや山川さんたちの「自由人・十色」が主催するコンサートを聴きに高槻市立総合市民交流センターに出かけます。

演奏するユニットの名は「パリャーソ」。ポルトガル語でピエロすなわち道化師という意味だそうです。詩人の谷川俊太郎氏の息子さんの谷川賢作がピアノを弾き、フランス帰りの続木力がハーモニカを奏でます。ちょっと前からま~爺がマークしていたジャズのデュオです。パリャーソを高槻に呼ぶなんてさすが「自由人・十色」、センスいいね。

お許しあれ

外回りから帰ってみるとなんとJKカフェのカウンターにJKのじゅんこと北川氏が座っているではありませんか。高槻日赤病院に入院して全身麻酔で手術を受けるというので見送ったのが一昨日すなわち月曜日。昨日手術を受けたというので退院までに一度見舞いに行こうかと思っていたところだったのでびっくり。一瞬幽霊じゃないかと思ってしまいましたよ。

手術というのは、去年の夏に自転車事故で大怪我をしたときに右肩に入れておいた金属を除去する手術。北川氏は入院前から「手術が終わったらすぐ退院するからね」とは言っていたものの、半分は冗談だと思っていたので、まさか手術の翌日に退院するとは。いかにも病院嫌いで通っている北川氏らしいと言えばらしいのですが、くれぐれもお大事に。

このときJKカフェのカウンターにいたのがナギちゃん。「ま~爺、この2~3日事務局日記書いてないでしょう」。たしかに事務局の活動はこのところ停滞気味なんですよ。一條さんや会計の山本さん、それに代表の蓑輪さんらへのいくつかの連絡事項などは処理しているものの、こんなことは活動のうちには入らないこと、書くことがないのです。

しかし、ナギちゃんがそう言ってくれると言うことは、少なくともナギちゃんだけは「ま~爺の事務局日記」を読んでくれているということかと、気を取り直して書いたのが今日の日記。実はJKのじゅんこと北川氏の手術のことは北川氏のプライバシーに属することなので遠慮すべきことなのですが、やむを得ずということで許していただくことに。

江口宏展を見に

ユーモア造形作家の江口宏さんが「言葉あそび in TAKATSKI展」と題する個展を開いているグリーンプラザたかつき3号館2階のギャラリーマーヤへ。それほど広くはない会場に江口さんの女性ファンが詰めかけて大盛況。江口さんとは久しぶりの再会でしたが、ゆっくりお話しするチャンスもないような有り様でした。

壁いっぱいに貼り付けた発泡スチロール製の小棚の上に100点近い作品が展示されて、観覧者の目とハートを楽しませていました。江口さんの作品が放つユーモアは、いわゆるおやじギャグなどの駄洒落とはちがって、批評性の高い風刺に裏打ちされたもの。しばらく考えてから納得させられ、そしてまた考えさせられます。

それにしても江口さんはJKカフェにすっかりご無沙汰。「あんなに毎日のように来ていたのにどうして?」とたずねると、「引っ越してからはJRを越えて行くのがなかなか出来なくて。えらいものですね」とアクセスの移動による行動スタイルの変化に自分でも驚いている様子。展覧会は来週火曜日の21日が最終日です。

松尾大社参拝

11時に阪急高槻市駅改札前に集合して四条河原町行き特急に乗車。桂駅で乗り換えて、めざすは松尾大社。一行は男性6人、女性2人の8人。元高槻市長の西島文年さんを囲む「ゆずの会」という名の親睦会で、松尾大社鳥居北隣の「とりよね」という京料理の老舗で昼餉をいただきながら歓談しょうという趣向です。

この会のメンバーは元助役や元財務部長らほぼ全員が高槻市役所の職員OBです。ま~爺一人だけがなぜか外野席から呼ばれて、10年ほど前のスタート以来のメンバーです。発足当初はまだ現職だった人もいましたが、今となっては全員リタイア。役所を退職して市議会議員になり、任期半ばに亡くなられた人もいます。

1年に2回ほどどこかに出かけて、おいしい料理と酒を食らいながらおしゃべりするというだけの何のたわいもない集まりが10年以上も続いているのは、ひとえに西島さんの人柄に負うところです。今日はとり料理でおなかをいっぱいにした後、お酒の神様として名高い松尾大社にお参りして帰ってきました。

3日ぶりの事務局

日曜日から鎌倉へ行っていて3日ぶりに座る事務局のデスク。今の時期は事務局の仕事も端境期。2日間閉じたままのメールをチェックしてみても、返信メールが2件ばかりあるだけで、こちらから返さなければならないほどの用件はゼロ。掲示板にも写真展閉幕の挨拶が写真班のメンバーによって書かれているだけ。

日曜日の夜に催した写真展の打ち上げに参加できなかったので、写真班のみなさんへのせめてもの罪滅ぼしにと図書館へ。3日の朝刊に写真展の記事が載っているという噂をたどって、その記事を検索しコピーするためです。読売新聞に写真入りの大きな記事が載っていました。朝日新聞にも載ったという噂は間違い。

午後になって高槻市文化振興課から電話。高槻ジャズストリートに対する助成金の請求書と事業実績報告を提出するようにとのこと。角印を持っていってその場で書いた書類に押印して手続き完了。助成金の一割削減という全体方針のあおりで昨年15万円カットされましたが、今年も135万円そのままで増額はなし。

増額を要求したいとの思いはあります。しかし一方で、市民の税金に頼らないで運営したいという考え方もあります。助成金といっても費用全体の一割に満たない、高槻まつりなど他のイベントに較べても少ない金額。いっそのことTシャツを1万枚売って、その収益金だけでジャズストリートを運営したいものですね。

来週は鎌倉へ

高槻市と大阪21世紀協会への事業実績報告をすませて、今年の春のイベントの事後処理はほぼ完了した感じ。あとは未収の広告代金と助成金の振り込みを待つのみ。なにやらホットした心持ちは会計担当の山本さんも同じなのでは。その山本さんが來局。昼食は駅前の「宇奈とと」へ。二人とも500円のうな丼でした。

秋のジャズ&フリマの開催日を決めなければと市役所の関係窓口へ。10月の日曜日の2日と9日は学校の運動会シーズン、16日は緑化祭のため城跡公園がふさがっています。となると選択肢は一つしかなくて、自動的に23日ということになりますが、さてどうしましょう。9月ではちょっと早すぎはしませんか。

JKカフェでの写真展は今週末の12日まで。写真展が終われば事務局の部屋の片付けに取り掛かろうと思っています。その前にま~爺は来週の月曜日と火曜日の2日間お休みをいただいて、日曜日から鎌倉に行ってきます。鎌倉のホテルに先生を囲んで全国から100人ほどの仲間が集う俳句の会に出席するためです。

そうなんです、何を隠そうま~爺は実は廃人ならぬ俳人なのです。もうかれこれ25年もただ一筋に俳句を習っています。清水基吉という先生はとても立派な人で、それだけがま~爺の自慢です。もっとも俳句の方は「暑き日の約束の金払われず」あたりが代表作ですから、何をか言わん、トホホといったところですがね。

写真展の反省

春のイベントの最後を飾る写真展が終わった翌日の日曜日、すなわち昨日のこと。交流試合のロッテ戦が全席チケット売り切れのため相手にもしてもらえない甲子園球場を尻目に、ウェスタンリーグの中日戦が行われた鳴尾浜球場へ。足の痛みも引き、お天気にも恵まれて、ファームとはいえ阪神快勝。いい一日でした。

この日から写真展は会場をJKカフェの2階に移して12日まで開催。野球観戦から戻って覗いてみましたが、前日までの広い展示ホールとは違って、ここはここでまたそれなりになかなかの雰囲気。同じ作家の同じ写真も前日までとは一風様変わりして見える不思議をカプチーノの味と一緒に味わってみてください。

写真展の反省。準備期間が少なくてチラシの製作が遅れたこと、高槻市広報とミニコミ紙へ掲載依頼をぬかったこと、実行委員会の登録メンバーへの連絡が不十分だったこと、などなどひとえにPR不足でした。写真展の開催期間中会場の2階にある図書館が休館だったことも大誤算。あきらかな事前調査不足でした。

それでも惨敗から救われたのは、高槻市広報室の斡旋によって2日目の日の朝刊で読売新聞と朝日新聞が取り上げてくれたことと、同じ日の昼前に高槻ケーブルテレビが生放送の「まちかどホットライン」で紹介してくれたことのおかげでした。2日目以降は会場にちらほらとした賑わいが見られました。